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自宅への托鉢が怖い! どうしたらいいの?

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「托鉢(たくはつ)」というと、頻繁に目にするわけではないのですが、私の中では地元の仙台に居た頃、ペデストリアンデッキという所で「托鉢僧」の姿を見掛け事や、アーケードでも同じような姿を見掛けた事があり、そのイメージが浮かびます。

歩いている姿、というのではなく「その場所に止(とど)まっている」という姿にしか出会った事がないもので、「自宅にも托鉢僧が訪ねてくる」という事は、小耳に挟むまで、そういう修行の一種がある事を知りませんでした。

まだ実際にそのような体験をしてはいない私ですが、托鉢僧が自宅を訪ねて来るという行いを、知っているのと知らないのとでは「怖い思い」という気持ちの大きさが違うのかな、と思うんです。

失礼を承知で言わせて頂くと、未知な所へ、突然自宅に僧侶の方が訪れられたとしたら、「…世にも奇妙な物語」が私の元にもやって来たのか、と思って固まってしまうかもしれません。

今回は、そんな托鉢僧について。

その場所は街中かもしれない、自宅やあなたの会社へと訪ねてくるかもしれない、でもそれは「全て修行の為に!」という「托鉢僧」にまつわるお話をしていきます。

今の時代だから、中には「…偽者も」といった事も含め、いざその時に、あなたが怖い思いをしない為にも、知って頂ければと思います。

 

※当ブログでは、以下記事も紹介しています。

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<自宅への托鉢が怖い・・> そもそも托鉢とは何か

仏教の中には幾つかの宗派がありますよね。

私の実家は「浄土真宗」と聞きますし、旦那の実家は「浄土宗」ですし。

そんな、それぞれの宗派の中に身を置く僧侶の方々が、修行の内の1つとしてする行いが「托鉢」なのです。

笠を被って袈裟をまとった姿で、お布施(お金)を受け取る入れ物を持ちながらお経を唱えている場面ばかりが浮かんでしまいますが、決してお布施を貰う為の修行をしているわけではないのです。

歩いているのも修行、そこでお経を唱えるのも修行、その全てが「無心にて行われる修行」

一見、駅前や街中で「募金お願いしまーす」という活動を静かにやっているかのようにも見えてしまいますが、私達が「今日、ちょっと嫌な事を言ってしまったな」と、小さな後悔をしている所に、たまたま托鉢僧を見掛けたとしたら、そこにお布施をして謝罪をする場所というのを見付ける事が出来る。

そこにあるのは、僧侶側だけでなく、お布施をする私達の側にとっても「見返りという邪念の無い」行いとなって、成立するもの。

ですので、例えあなたが募金のような心でお金を渡したとしても、そこで僧侶の方が「ありがとうございます」なんてお布施のお礼を口にする事というのは存在しないんです。

そこで「お礼も無いなんて!」とムッとしてしまう事が、神様にあなたの心が試されているのかもしれませんよ?

神社に参拝する時も「○○が叶いますように」と唱えるのではなく、「お見守り頂き、ありがとうございます」と心で唱えるのが相応しいと聞くので、それと同じような事と個人的には思っています。

<自宅への托鉢が怖い・・> 怖い思いをしないために

托鉢をする僧侶の方々は「その行いをする資格・免許証」というのを必ず持っています。

そして、どこの「寺・宗派」というものかが分かるように袋を胸の辺りに下げているはずです。

私の中では、全うな托鉢僧というのは、お布施を自ら願い出たり、ましてやピンポーンと住宅を訪れる事も無いと聞いたことがあったのですが、実際に「会社・家にやって来た」というパターンがあるそうです。

そのような事から、1番近くに居る旦那に「托鉢って、家に訪ねて来るものなの?」と訊ねてみたのです。

すると、「来るよ?俺の祖母ちゃんの所にも来てたな」と、当然の事のように言いました。

どこ県とは言えないのですが、その宗派の托鉢僧の方はピンポーンとインターホンを鳴らし「托鉢に参りました、南無阿弥陀仏…」と唱えに来ていたそうですよ。

仏の道は厳しく、お布施に対して「この位しか貰えないのか」や、本当は乞食のような行いはしたくないけれども、修行として行う事に対して「嫌だな、恥ずかしいな」という無意識で抱いてしまう感情、僧侶の方にとっての己の邪念というのを捨てさせる目的もあるそうです。

そこで、そう思ってしまうという事は「…自分はまだ、仏の道には遠いのか」と改めて身に染みると。

檀家さんの家にだけ来るのかと思いきや、地域によってなのかもしれませんが、お寺から歩ける距離ですと、一般の家庭にも托鉢僧の方が来られることもゼロではないようですね。

余談ですが、旦那の祖母の話では、昔はお寺さんと家というのは今よりもとても密接な関係性があった事から、ケンカの仲裁にすら来てくれていたそうですよ。

<自宅への托鉢が怖い・・> 今の時代は「防犯意識」はとても大事!

時代が進むと共に、「安全」というものは少し薄れてきている気がします。

過去には当然の事として受け入れられていたはずの、「全うな托鉢僧の方々の修行」が行いにくくなった事には、1つは今を生きる私達の中で「仏教」との結び付きがあまり強くないという事も影響しているかと思います。

なんとなく仏教を信仰しているという事実はありますよね。

そしてもう1つ、それはどうやら中には「偽・托鉢僧」という詐欺の一種を企む悪い人達が出て来てしまっているという事。

そのような事が「善良な托鉢僧の方を疑わなければならない」事へと繋がっているようですね。

宅急便や郵便局という「配達」のフリをして犯罪を試みたという事をニュースで見た事もありますし、見ず知らずの来訪者というのに対しては、今の時代は「防犯意識」というものを持つべきなのだと思います。

きっと全うな修行の身である托鉢僧の方々は、こんな時代の事もきちんと理解しているはずです。

きっと、「お金を貰わないと帰らない」や「しつこい」という態度を出す事はないはずです。

それは「仏の道に背く事」でもありますから。

けれども、ほんの一握り、托鉢僧を名乗る中に「悪い人」というのも残念な事に居るようです。

なので、1人きりで居る時には、無理に対応をしなくとも良いですし、ましてや子供さんだけでお家に居る場合には出るべきでは無いと思います。

あまりに居座る場合は、「警察を呼びますよ」という言葉も時には必要です。

「疑う事」というのもまた、悪い事ではないのですから。

まとめ

・托鉢は僧侶の方の「無心」の修行

・地域に寄って托鉢僧の振る舞い話は様々。本物の托鉢か判断は難しい

托鉢には乞食のようなイメージを持つ方も居るかもしれません。

けれど、乞食のように振舞う托鉢僧というのは本物ではないそうです。

判断は難しいですが、たとえあなたが本物の托鉢を拒否をしても、托鉢僧の方々にとっては、それもまた修行の一環となるのです^^

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