車を持っている人と持っていない人、その割合は世代によって異なるでしょう。
30代である私の周りでみれば、免許を持ってはいつつも、「ペーパードライバー」という割合は高かったりします。
かくいう私も、車の運転は、ほとんど旦那に任せっきり。
たまにしか運転をしないので、あまり上達していなく、何年経っても初心者ドライバーと認識しているところがあります(笑)
職場までの通勤手段が、電車で事足りてしまうこともその理由かもしれません。
今回は車にまつわるお話を書いていくのですが、私よりも、もっともっと若い世代の人たちは、男女問わず「車の所持率」が低いと聞きます。
そんな事もあり、友人同士で遊びや食事に出かける時、車を持っている人だけが車の負担を背負う事も多いそう。
その時によって、お互いが車を出し合いっこ出来れば良いものの、友人の中では車はもちろん、免許も持っていない場合もあるでしょう。
そうなれば、自然と一方的に「運転手・助手席」が固定されてしまいますよね。
電車やバスという公共の交通機関を使うよりも、「自分たちだけの空間」のような車を選ぶ方が気楽でもあります。
しかし、車を出す側は・・・地味にお金が掛かっているとも言えるのです!
そんな、ガソリン代や高速道路の料金などを含め、「負担・不満」のストレスを和らげるための、お話です。
<ガソリン代は友人とどう負担?> 負担が「一方的」なら不満が溜まる
どこかの目的地へ向かう時、徒歩や自転車という「自力」で行かない限りは交通費というのが発生しますよね。
近場であればお金を掛けない移動手段でも平気ですが、電車やバスを使って出かけるというのも、極々普通の事。
高校生くらいまでは、友人と出かける際に車を用いる事はなくとも、大学生となり、更に大人へとなっていけば、車で外出するスタイルを選ぶ事も増えていくのではないでしょうか。
そのような時に、車を持っている自分に対して、車を持っていない友人とで遊びに行くとなれば、交通費はいったいどうなるのでしょう?
まず、車はあくまでも個人の所有物であるわけで、それを維持するのは所持者になります。
車の税金や綺麗に保つ洗車代に加え、「交通費:ガソリン代」も所有者が負担をするのは当然の事。
では、友人の交通費は「無料」という考え方になって良いのか、となると・・・そうとも言い切れないのです。
友人という仲良し同士で楽しくお出かけするという時に、免許を持っている人が「私が車出すよー」と口にする事は何も珍しくありません。
そこで「・・・いっつも、私が運転して、ガソリン代も」と不満を抱かせてしまうのは、助手席の友人が気配りを心得ていないせいでしょう。
私は誰かの車に乗せてもらう時は、「飲み物」を差し入れするとか、立ち寄ったSAで軽食費を「私が出すよ」と言ったり、運転に対する「お疲れ様・ありがとう」という気持ちを、形で表します。
そして、旦那の横に座る時にも、ただ「ずらっとして座っている」というのは絶対しません。
助手席に誰かが座っていると、運転席から左側の見通しが悪くなるので、歩行者や自転車の巻き込みなどの注意を含め、「左側の視界」を引き受けています。
私も微力ながら運転をするので、遠出する時には途中で交代をしながら運転をしていますが、運転をする事を好きな人であっても、長距離を走れば疲労感は溜まるんです。
友人関係で、いつも助手席が指定となってしまうのであれば、「いつもありがとうね」といった感謝を表す事は礼儀の基本中の基本です!
ガソリン代を負担する事を申し出るまではせずとも、「何らかのお返し」はするべき。
スマホでナビをしてあげるでも良い、お昼をご馳走してあげるでも、お菓子を差し入れするでも何でも良いんです。
ただ、横でだらけて座っていたり、スマホをいじってばかりいて、「当然とばかりの態度」は運転席の友人に、それが積み重なるごとに不満を蓄積させているともいえます。
<ガソリン代は友人とどう負担?> 相手は「気付いていない」可能性も
免許と車、どっちもを持っていない場合、もしかしたら「車の知識」が乏しいという場合もあるかもしれません。
私だって子供として、親の車に乗っていた時には、ガソリン代の事など考えた事はありませんでした。
父が車でガソリンスタンドに立ち寄っても「減ったから補給する」というのは認識していても、深く「お金の負担」を意識した事はありませんでした。
家族の場合は、父が負担しようが母が負担しようが、同じお財布からお金は出て行くわけで、「一方的な負担」という考えは沸かないでしょう。
ましてや、私の母は運転免許を取っていないので、運転を交代する事だって父の頭には最初からありません。
でも、友人同士の場合「他人だからこそ」、一方的な負担ばかりでバランス悪くなってしまえば、不満へと繋がってしまう。
しかし、友人は車に対する知識がなければ、出されるがままに座ってしまっていても・・・仕方がないとも思えませんか?
昨今のニュースで、ガソリン代が1リットル当たり160円にまで上がった事も、自分が車を運転するわけでなければ、それが重大な出来事とは捉えませんよね。
満タンを30リットルと過程して、空っぽから満タンにしたとすれば4,800円という、なかなかの金額なわけです。
高騰していない時でさえ、○曜日のサービスデーを選び、1円でも安い日を狙ってガソリンを入れに行くのが・・・私の中の感覚なのですが、貧乏くさかったらごめんなさい(苦笑)。
何が言いたいかといえば、つまり!
車の維持費は地味にかさむガソリン代から何まで、安いものではない、という事。
助手席の友人が、車に対して無頓着だった場合、1人で勝手に悶々としてしまうのは、それも「一方的なもの」となってしまいますよ?
「車出すから、○○をお菓子係に任命します!」と、茶目っ気を見せても許されるのが友人のはずです。
毎回ではなくとも、たまにそんなお願いを、こちら側から口にしてみるのも1つの手ですよ。
まとめ
・友人という親しさの仲にも「礼儀」が欠ければ、車の負担ストレスは生じる
・友人が車に関心が少なければ、「ガソリン代」に対する意識も浅い
車を運転する側と助手席に乗る側の関係性に、「上下」というのはありません。
しかし、「運転・ガソリン代」という負担が一方的になってしまえば、その天秤は平行ではないのです。
助手席の友人に、ちょっとでも気配り心があれば、バランスは平行に保たれるのですが・・・
なかなかそれを指摘出来ない事もありますよね。
そのようなときには、便利な交通手段を避けてみても良いでしょう。
便利な車が友情を「仲違い」させる要素を作ってしまうのであれば、学生時代を思い出してサイクリングしながらお出かけするのもオススメですよ。
もちろん、電車やバスといった公共交通手段も混ぜながら^^